第四の夫から
芥川龍之介
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)印度《インド》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)皆|叔父《おじ》さんと呼ばれている
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十三年三月)
−−
この手紙は印度《インド》のダアジリンのラアマ・チャブズン氏へ出す手紙の中に封入し、氏から日本へ送って貰うはずである。無事に君の手へ渡るかどうか、多少の心配もない訣《わけ》ではない。しかし万一渡らなかったにしろ、君は格別僕の手紙を予想しているとも思われないからその点だけは甚だ安心している。が、もしこの手紙を受け取ったとすれば、君は必ず僕の運命に一驚《いっきょう》を喫《きっ》せずにはいられないであろう。第一に僕はチベットに住んでいる。第二に僕は支那人《しなじん》になっている。第三に僕は三人の夫と一人の妻を共有している。
この前君へ手紙を出したのはダアジリンに住んでいた頃である。僕はもうあの頃から支那人にだけはなりすましていた。元来天下に国籍くらい、面倒臭いお荷物はない。ただ支那と云う国籍だけはほとんど有無《うむ》を問《と》われないだけに、頗《すこぶ》る好都合《こうつごう》に出来上っている。君はまだ高等学校にいた時、僕に「さまよえる猶太《ユダヤ》人」と云う渾名《あだな》をつけたのを覚えているであろう。実際僕は君のいった通り、「さまよえる猶太《ユダヤ》人」に生れついたらしい。が、このチベットのラッサだけは甚だ僕の気に入っている。というのは何も風景だの、気候だのに愛着のある訣《わけ》ではない。実は怠惰《たいだ》を悪徳としない美風を徳としているのである。
博学なる君はパンデン・アアジシャのラッサに与えた名を知っているであろう。しかしラッサは必ずしも食糞餓鬼《じきふんがき》の都ではない。町はむしろ東京よりも住み心の好《い》いくらいである。ただラッサの市民の怠惰は天国の壮観といわなければならぬ。きょうも妻は不相変《あいかわらず》麦藁《むぎわら》の散らばった門口《かどぐち》にじっと膝《ひざ》をかかえたまま静かに午睡《ごすい》を貪《むさぼ》っている。これは僕の家ばかりではない。どの家の門口にも二三人ずつは必ずまた誰か居睡《いねむ》りをしている。こういう平和に満ちた景色は世界のどこに
次へ
全4ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング