なほこの小事件を思ひ出す度に、――この不思議に美しい灯取虫の生死を思ひ出す度に、なぜか彼の心の底に多少の寂しさを感ずるのである。………
信輔は才能の多少を問はずに友だちを作ることは出来なかつた。標準は只それだけだつた。しかしやはりこの標準にも全然例外のない訳ではなかつた。それは彼の友だちと彼との間を截断する社会的階級の差別だつた。信輔は彼と育ちの似寄つた中流階級の青年には何のこだわりも感じなかつた。が、纔かに彼の知つた上流階級の青年には、――時には中流上層階級の青年にも妙に他人らしい憎悪を感じた。彼等の或ものは怠惰だつた。彼等の或ものは臆病だつた。又彼等の或ものは官能主義の奴隷だつた。けれども彼の憎んだのは必しもそれ等の為ばかりではなかつた。いや、寧ろそれ等よりも何か漠然としたものの為だつた。尤も彼等の或ものも彼等自身意識せずにこの「何か」を憎んでゐた。その為に又下流階級に、――彼等の社会的対蹠点に病的な※[#「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1−84−54]※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45]を感じてゐた。彼は彼等に同情した。しかし彼の同情も畢竟役には立たなかつ
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