見れば、彼の屈辱を蒙《こうむ》ったことは枚挙し難い位だった。自尊心の強い信輔は意地にも彼自身を守る為に、いつもこう言う屈辱を反撥《はんぱつ》しなければならなかった。さもなければあらゆる不良少年のように彼自身を軽んずるのに了《おわ》るだけだった。彼はその自彊術《じきょうじゅつ》の道具を当然「自ら欺かざるの記」に求めた。――
「予の蒙れる悪名は多けれども、分つて三と為すことを得べし。
「その一は文弱也。文弱とは肉体の力よりも精神の力を重んずるを言ふ。
「その二は軽佻《けいてう》浮薄也。軽佻浮薄とは功利の外に美なるものを愛するを言ふ。
「その三は傲慢《がうまん》也。傲慢とは妄《みだり》に他の前に自己の所信を屈せざるを言ふ。
 しかし教師も悉《ことごと》く彼を迫害した訣ではなかった。彼等の或ものは家族を加えた茶話会に彼を招待した。又彼等の或ものは彼に英語の小説などを貸した。彼は四学年を卒業した時、こう言う借りものの小説の中に「猟人日記」の英訳を見つけ、歓喜して読んだことを覚えている。が、「教育上の責任」は常に彼等と人間同士の親しみを交える妨害をした。それは彼等の好意を得ることにも何か彼等の権力
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