に媚びる卑しさの潜んでいる為だった。さもなければ彼等の同性愛に媚びる醜さの潜んでいる為だった。彼は彼等の前へ出ると、どうしても自由に振舞われなかった。のみならず時には不自然に巻煙草《まきたばこ》の箱へ手を出したり、立ち見をした芝居を吹聴したりした。彼等は勿論この無作法を不遜の為と解釈した。解釈するのも亦尤もだった。彼は元来人好きのする生徒ではないのに違いなかった。彼の筺底《きょうてい》の古写真は体と不吊合《ふつりあい》に頭の大きい、徒《いたず》らに目ばかり赫《かがや》かせた、病弱らしい少年を映している。しかもこの顔色の悪い少年は絶えず毒を持った質問を投げつけ、人の好い教師を悩ませることを無上の愉快としているのだった!
 信輔は試験のある度に学業はいつも高点だった。が、所謂《いわゆる》操行点だけは一度も六点を上らなかった。彼は6と言うアラビア数字に教員室中の冷笑を感じた。実際又教師の操行点を楯《たて》に彼を嘲《あざけ》っているのは事実だった。彼の成績はこの六点の為にいつも三番を越えなかった。彼はこう言う復讐《ふくしゅう》を憎んだ。こう言う復讐をする教師を憎んだ。今も、――いや、今はいつの
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