の池に菖蒲《しやうぶ》も蓮《はす》と咲き競《きそ》つてゐる。
  葉を枯れて蓮《はちす》と咲ける花あやめ  一游亭
 藤、山吹、菖蒲《しやうぶ》と数へてくると、どうもこれは唯事《ただごと》ではない。「自然」に発狂の気味のあるのは疑ひ難い事実である。僕は爾来《じらい》人の顔さへ見れば、「天変地異が起りさうだ」と云つた。しかし誰も真《ま》に受けない。久米正雄《くめまさを》の如きはにやにやしながら、「菊池寛《きくちくわん》が弱気になつてね」などと大いに僕を嘲弄《てうろう》したものである。
 僕等の東京に帰つたのは八月二十五日である。大《だい》地震はそれから八日《やうか》目に起つた。
「あの時は義理にも反対したかつたけれど、実際君の予言は中《あた》つたね。」
 久米も今は僕の予言に大いに敬意を表してゐる。さう云ふことならば白状しても好《よ》い。――実は僕も僕の予言を余り信用しなかつたのだよ。

      二

「浜町河岸《はまちやうがし》の舟の中に居《を》ります。桜川三孝《さくらがはさんかう》。」
 これは吉原《よしはら》の焼け跡にあつた無数の貼《は》り紙の一つである。「舟の中に居《を》りま
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