ちやう》の禿《は》げそめた斎藤茂吉《さいとうもきち》。ロテイ。沈南蘋《しんなんぴん》。永井荷風《ながゐかふう》。
 最後に「日本の聖母の寺」その内陣《ないじん》のおん母マリア。穂麦《ほむぎ》に交《ま》じつた矢車《やぐるま》の花。光のない真昼の蝋燭《らふそく》の火。窓の外には遠いサント・モンタニ。
 山の空にはやはり菱形《ひしがた》の凧。北原白秋《きたはらはくしう》の歌つた凧。うらうらと幾つも漂《ただよ》つた凧。

     十四 東京田端

 時雨《しぐれ》に濡《ぬ》れた木木の梢《こずゑ》。時雨に光ってゐる家家の屋根。犬は炭俵を積んだ上に眠り、鶏は一籠《ひとかご》に何羽もぢつとしてゐる。
 庭木に烏瓜《からすうり》の下つたのは鋳物師《いもじ》香取秀真《かとりほづま》の家。
 竹の葉の垣に垂れたのは、画家|小杉未醒《こすぎみせい》の家。
 門内に広い芝生《しばふ》のあるのは、長者《ちやうじや》鹿島龍蔵《かしまりゆうざう》の家。
 ぬかるみの路《みち》を前にしたのは、俳人|滝井折柴《たきゐせつさい》の家。
 踏石《ふみいし》に小笹《こざさ》をあしらつたのは、詩人|室生犀星《むろふさいせい》の家。
 椎《しひ》の木や銀杏《いてふ》の中にあるのは、――夕ぐれ燈籠《とうろう》に火のともるのは、茶屋|天然自笑軒《てんねんじせうけん》。
 時雨《しぐれ》の庭を塞《ふさ》いだ障子。時雨の寒さを避ける火鉢。わたしは紫檀《したん》の机の前に、一本八銭の葉巻を啣《くは》へながら、一游亭《いちいうてい》の鶏の画《ゑ》を眺めている。
[#地から1字上げ](大正十一年―十三年)



底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
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