傍点]愛国者兼「民衆の味かた」兼模範的恋人として香を焚かれてゐるではないか?
 しかし僕の感情は僕のかう考へるうちにもやはりはつきりと口を利いてゐる。――「ヴイヨンは兎に角大詩人だつた。」

     十 二人の紅毛画家

 ピカソはいつも城を攻めてゐる。ジアン・ダアクでなければ破れない城を。彼は或はこの城の破れないことを知つてゐるかも知れない。が、ひとり石火矢《いしびや》の下に剛情にもひとり城を攻めてゐる。かう云ふピカソを去つてマテイスを見る時、何か気易さを感じるのは必しも僕一人ではあるまい。マテイスは海にヨツトを走らせてゐる。武器の音や煙硝《えんせう》の匂はそこからは少しも起つて来ない。唯桃色の白の縞《しま》のある三角の帆だけ風を孕《はら》んである。僕は偶然この二人の画を見、ピカソに同情を感ずると同時にマテイスには親しみや羨ましさを感じた。マテイスは僕等|素人《しろうと》の目にもリアリズムに叩きこんだ腕を持つてゐる。その又リアリズムに叩きこんだ腕はマテイスの画に精彩を与へてゐるものの、時々画面の装飾的効果に多少の破綻《はたん》を生じてゐるかも知れない。若しどちらをとるかと言へば、僕
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