潟Xトは最速度の生活者である。仏陀は成道《じやうどう》する為に何年かを雪山の中に暮らした。しかしクリストは洗礼を受けると、四十日の断食の後、忽《たちま》ち古代のジヤアナリストになつた。彼はみづから燃え尽きようとする一本の蝋燭《らふそく》にそつくりである。彼の所業やジヤアナリズムは即ちこの蝋燭の蝋涙《らふるゐ》だつた。

     6 ジヤアナリズム至上主義者

 クリストの最も愛したのは目ざましい彼のジャアナリズムである。若し他のものを愛したとすれば、彼は大きい無花果《いちじゆく》のかげに年とつた予言者になつてゐたであらう。平和はその時にはクリストの上にも下つて来たのに相違ない。彼はもうその時には丁度古代の賢人のやうにあらゆる妥協[#「妥協」に傍点]のもとに微笑してゐたであらう。しかし運命は幸か不幸か彼にかう云ふ安らかな晩年を与へてくれなかつた。それは受難の名を与へられてゐても、正に彼の悲劇だつたであらう。けれどもクリストはこの悲劇の為に永久に若々しい顔をしてゐるのである。

     7 クリストの財布

 かう云ふクリストの収入は恐らくはジヤアナリズムによつてゐたのであらう。が、彼
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