寸法は竪《たて》三尺、横四尺、高さ一尺五寸位であらう。木の枯れてゐなかつたせゐか、今では板の合せ目などに多少の狂ひを生じてゐる。しかしもう、かれこれ十年近く、いつもこの机に向つてゐることを思ふと、さすがに愛惜《あいじやく》のない訣《わけ》でもない。

     二 硯屏《けんびやう》

 僕の青磁《せいじ》の硯屏《けんびやう》は団子坂《だんござか》の骨董屋《こつとうや》で買つたものである。尤《もつと》も進んで買つた訣《わけ》ではない。僕はいつかこの硯屏のことを「野人生計事《やじんせいけいのこと》」といふ随筆の中に書いて置いた。それをちよつと摘録《てきろく》すれば――
 或日又遊びに来た室生《むろふ》は、僕の顔を見るが早いか、団子坂の或骨董屋に青磁の硯屏《けんびやう》の出てゐることを話した。
「売らずに置けといつて置いたからね、二三日|中《うち》にとつて来なさい。もし出かける暇《ひま》がなけりや、使でも何《なん》でもやりなさい。」
 宛然《ゑんぜん》僕にその硯屏を買ふ義務でもありさうな口吻《こうふん》である。しかし御意《ぎよい》通りに買つたことを未《いま》だに後悔《こうくわい》してゐない
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