に煩悶を重ねて参りました。どうかあなたの下部《しもべ》、オルガンティノに、勇気と忍耐とを御授け下さい。――」
その時ふとオルガンティノは、鶏の鳴き声を聞いたように思った。が、それには注意もせず、さらにこう祈祷の言葉を続けた。
「私《わたくし》は使命を果すためには、この国の山川《やまかわ》に潜んでいる力と、――多分は人間に見えない霊と、戦わなければなりません。あなたは昔|紅海《こうかい》の底に、埃及《エジプト》の軍勢《ぐんぜい》を御沈めになりました。この国の霊の力強い事は、埃及《エジプト》の軍勢に劣りますまい。どうか古《いにしえ》の予言者のように、私もこの霊との戦に、………」
祈祷の言葉はいつのまにか、彼の唇《くちびる》から消えてしまった。今度は突然祭壇のあたりに、けたたましい鶏鳴《けいめい》が聞えたのだった。オルガンティノは不審そうに、彼の周囲を眺めまわした。すると彼の真後《まうしろ》には、白々《しろじろ》と尾を垂れた鶏が一羽、祭壇の上に胸を張ったまま、もう一度、夜でも明けたように鬨《とき》をつくっているではないか?
オルガンティノは飛び上るが早いか、アビトの両腕を拡げながら、倉
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