ます。ですから、どんな難儀に遇《あ》っても、十字架の御威光を輝かせるためには、一歩も怯《ひる》まずに進んで参りました。これは勿論私一人の、能《よ》くする所ではございません。皆天地の御主《おんあるじ》、あなたの御恵《おんめぐみ》でございます。が、この日本に住んでいる内に、私はおいおい私の使命が、どのくらい難《かた》いかを知り始めました。この国には山にも森にも、あるいは家々の並んだ町にも、何か不思議な力が潜《ひそ》んで居ります。そうしてそれが冥々《めいめい》の中《うち》に、私の使命を妨《さまた》げて居ります。さもなければ私はこの頃のように、何の理由もない憂鬱の底へ、沈んでしまう筈はございますまい。ではその力とは何であるか、それは私にはわかりません。が、とにかくその力は、ちょうど地下の泉のように、この国全体へ行き渡って居ります。まずこの力を破らなければ、おお、南無大慈大悲の泥烏須如来《デウスにょらい》! 邪宗《じゃしゅう》に惑溺《わくでき》した日本人は波羅葦増《はらいそ》(天界《てんがい》)の荘厳《しょうごん》を拝する事も、永久にないかも存じません。私はそのためにこの何日か、煩悶《はんもん》
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