これは大日※[#「靈」の「巫」に代えて「女」、第3水準1−47−53]貴の勝でしょうか? それとも大日如来の勝でしょうか? 仮りに現在この国の土人に、大日※[#「靈」の「巫」に代えて「女」、第3水準1−47−53]貴は知らないにしても、大日如来は知っているものが、大勢あるとして御覧なさい。それでも彼等の夢に見える、大日如来の姿の中《うち》には、印度|仏《ぶつ》の面影《おもかげ》よりも、大日※[#「靈」の「巫」に代えて「女」、第3水準1−47−53]貴が窺《うかが》われはしないでしょうか? 私《わたし》は親鸞《しんらん》や日蓮《にちれん》と一しょに、沙羅双樹《さらそうじゅ》の花の陰も歩いています。彼等が随喜渇仰《ずいきかつごう》した仏《ほとけ》は、円光のある黒人《こくじん》ではありません。優しい威厳《いげん》に充ち満ちた上宮太子《じょうぐうたいし》などの兄弟です。――が、そんな事を長々と御話しするのは、御約束の通りやめにしましょう。つまり私が申上げたいのは、泥烏須《デウス》のようにこの国に来ても、勝つものはないと云う事なのです。」
「まあ、御待ちなさい。御前《おまえ》さんはそう云われるが、――」
 オルガンティノは口を挟《はさ》んだ。
「今日などは侍が二三人、一度に御教《おんおしえ》に帰依《きえ》しましたよ。」
「それは何人《なんにん》でも帰依するでしょう。ただ帰依したと云う事だけならば、この国の土人は大部分|悉達多《したあるた》の教えに帰依しています。しかし我々の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。」
 老人は薔薇の花を投げた。花は手を離れたと思うと、たちまち夕明りに消えてしまった。
「なるほど造り変える力ですか? しかしそれはお前さんたちに、限った事ではないでしょう。どこの国でも、――たとえば希臘《ギリシャ》の神々と云われた、あの国にいる悪魔でも、――」
「大いなるパンは死にました。いや、パンもいつかはまたよみ返るかも知れません。しかし我々はこの通り、未だに生きているのです。」
 オルガンティノは珍しそうに、老人の顔へ横眼を使った。
「お前さんはパンを知っているのですか?」
「何、西国《さいこく》の大名の子たちが、西洋から持って帰ったと云う、横文字《よこもじ》の本にあったのです。――それも今の話ですが、たといこの造り変える力が、我々だけに
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