みものも交《まじ》っていないことはない。行火の裾《すそ》には黒猫が一匹時々前足を嘗《な》めている。

          43[#「43」は縦中横]

 行火の裾に坐っている黒猫。左に少年の下半身《かはんしん》も見える。黒猫も始めは変りはない。しかしいつか頭の上に流蘇《ふさ》の長いトルコ帽をかぶっている。

          44[#「44」は縦中横]

「坊ちゃん、スウェエタアを一つお買いなさい。」
「僕は帽子さえ買えないんだよ。」

          45[#「45」は縦中横]

 メリヤス屋の露店を後ろにした、疲れたらしい少年の上半身《じょうはんしん》。少年は涙を流しはじめる。が、やっと気をとり直し、高い空を見上げながら、もう一度こちらへ歩きはじめる。

          46[#「46」は縦中横]

 かすかに星のかがやいた夕空。そこへ大きい顔が一つおのずからぼんやりと浮かんで来る。顔は少年の父親らしい。愛情はこもっているものの、何か無限にもの悲しい表情。しかしこの顔もしばらくの後《のち》、霧のようにどこかへ消えてしまう。

          47[#「47」は縦中横]
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