へ歩いて行《ゆ》く少年の姿。少年はちょっとふり返って見る。前よりもさらに寂しい表情。少年はだんだん小さくなって行く。そこへ向うに立っていた、背《せ》の低い声色遣《こわいろつか》いが一人《ひとり》やはりこちらへ歩いて来る。彼の目《ま》のあたりへ近づいたのを見ると、どこか少年に似ていないことはない。

          54[#「54」は縦中横]

 大きい針金《はりがね》の環《わ》のまわりにぐるりと何本もぶら下げたかもじ[#「かもじ」に傍点]。かもじ[#「かもじ」に傍点]の中には「すき毛入り前髪《まえがみ》立て」と書いた札《ふだ》も下っている。これ等のかもじ[#「かもじ」に傍点]はいつの間《ま》にか理髪店の棒に変ってしまう。棒の後ろにも暗のあるばかり。

          55[#「55」は縦中横]

 理髪店の外部。大きい窓|硝子《ガラス》の向うには男女《なんにょ》が何人も動いている。少年はそこへ通りかかり、ちょっと内部を覗《のぞ》いて見る。

          56[#「56」は縦中横]

 頭を刈《か》っている男の横顔。これもしばらくたった後、大きい針金の環《わ》にぶら下げた何本かのかもじ[#「かもじ」に傍点]に変ってしまう。かもじ[#「かもじ」に傍点]の中に下った札《ふだ》が一枚。札には今度は「入れ毛」と書いてある。

          57[#「57」は縦中横]

 セセッション風に出来上った病院。少年はこちらから歩み寄り、石の階段を登って行《ゆ》く、しかし戸の中へはいったと思うと、すぐにまた階段を下《くだ》って来る。少年の左へ行った後《のち》、病院は静かにこちらへ近づき、とうとう玄関だけになってしまう。その硝子戸《ガラスど》を押しあけて外へ出て来る看護婦《かんごふ》が一人。看護婦は玄関に佇《たたず》んだまま、何か遠いものを眺めている。

          58[#「58」は縦中横]
 
 膝の上に組んだ看護婦の両手。前になった左の手には婚約の指環が一つはまっている。が、指環はおのずから急に下へ落ちてしまう。

          59[#「59」は縦中横]

 わずかに空を残したコンクリイトの塀。これもおのずから透明《とうめい》になり、鉄格子《てつごうし》の中に群《むらが》った何匹かの猿を現して見せる。それからまた塀全体は操《あやつ》り人形《にん
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