縦《たて》に見た往来。少年はこちらへ後《うし》ろを見せたまま、この往来を歩いて行《ゆ》く。往来は余り人通りはない。少年の後ろから歩いて行く男。この男はちょっと振り返り、マスクをかけた顔を見せる。少年は一度も後ろを見ない。

          48[#「48」は縦中横]

 斜めに見た格子戸《こうしど》造りの家の外部。家の前には人力車《じんりきしゃ》が三台後ろ向きに止まっている。人通りはやはり沢山ない。角隠《つのかく》しをつけた花嫁《はなよめ》が一人、何人かの人々と一しょに格子戸を出、静かに前の人力車に乗る。人力車は三台とも人を乗せると、花嫁を先に走って行く。そのあとから少年の後ろ姿。格子戸の家の前に立った人々は勿論少年に目もやらない。

          49[#「49」は縦中横]

「XYZ会社特製品、迷い子、文芸的映画」と書いた長方形の板。これもこの板を前後にしたサンドウィッチ・マンに変ってしまう。サンドウィッチ・マンは年をとっているものの、どこか仲店《なかみせ》を歩いていた、都会人らしい紳士に似ている。後ろは前よりも人通りは多い、いろいろの店の並んだ往来。少年はそこを通りかかり、サンドウィッチ・マンの配《くば》っている広告を一枚貰って行く。

          50[#「50」は縦中横]

 縦に見た前の往来。松葉杖をついた癈兵《はいへい》が一人ゆっくりと向うへ歩いて行《ゆ》く。癈兵はいつか駝鳥《だちょう》に変っている。が、しばらく歩いて行くうちにまた癈兵になってしまう。横町《よこちょう》の角《かど》にはポストが一つ。

          51[#「51」は縦中横]

「急げ。急げ。いつ何時《なんどき》死ぬかも知れない。」

          52[#「52」は縦中横]

 往来の角《かど》に立っているポスト。ポストはいつか透明になり、無数の手紙の折り重なった円筒の内部を現して見せる。が、見る見る前のようにただのポストに変ってしまう。ポストの後ろには暗のあるばかり。

          53[#「53」は縦中横]

 斜めに見た芸者屋町《げいしゃやまち》。お座敷へ出る芸者が二人《ふたり》ある御神燈《ごしんとう》のともった格子戸《こうしど》を出、静かにこちらへ歩いて来る。どちらも何《なん》の表情も見せない。二人の芸者の通りすぎた後《のち》、向う
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