いつか一度は死んでしまう。して見れば人間と云うものは、いくら栄耀栄華《えようえいが》をしても、果《はか》ないものだと思ったのです。」
「では仙人になれさえすれば、どんな仕事でもするだろうね?」
狡猾《こうかつ》な医者の女房は、隙《す》かさず口を入れました。
「はい。仙人になれさえすれば、どんな仕事でもいたします。」
「それでは今日から私《わたし》の所に、二十年の間奉公おし。そうすればきっと二十年目に、仙人になる術を教えてやるから。」
「左様《さよう》でございますか? それは何より難有《ありがと》うございます。」
「その代り向う二十年の間は、一文《いちもん》も御給金はやらないからね。」
「はい。はい。承知いたしました。」
それから権助は二十年間、その医者の家に使われていました。水を汲む。薪《まき》を割る。飯を炊《た》く。拭き掃除《そうじ》をする。おまけに医者が外へ出る時は、薬箱《くすりばこ》を背負って伴《とも》をする。――その上給金は一文でも、くれと云った事がないのですから、このくらい重宝《ちょうほう》な奉公人は、日本《にほん》中探してもありますまい。
が、とうとう二十年たつと、権助はまた来た時のように、紋附の羽織をひっかけながら、主人夫婦の前へ出ました。そうして慇懃《いんぎん》に二十年間、世話になった礼を述べました。
「ついては兼《か》ね兼《が》ね御約束の通り、今日は一つ私にも、不老不死《ふろうふし》になる仙人の術を教えて貰いたいと思いますが。」
権助にこう云われると、閉口したのは主人の医者です。何しろ一文も給金をやらずに、二十年間も使った後《あと》ですから、いまさら仙術は知らぬなぞとは、云えた義理ではありません。医者はそこで仕方なしに、
「仙人になる術を知っているのは、おれの女房《にょうぼう》の方だから、女房に教えて貰うが好《い》い。」と、素《そ》っ気《け》なく横を向いてしまいました。
しかし女房は平気なものです。
「では仙術を教えてやるから、その代りどんなむずかしい事でも、私の云う通りにするのだよ。さもないと仙人になれないばかりか、また向う二十年の間、御給金なしに奉公しないと、すぐに罰《ばち》が当って死んでしまうからね。」
「はい。どんなむずかしい事でも、きっと仕遂《しと》げて御覧に入れます。」
権助《ごんすけ》はほくほく喜びながら、女房の云いつけを
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