はく》につれて、いろいろ所作《しょさ》をするようになると、見物もさすがに冷淡を装っていられなくなると見えて、追々まわりの人だかりの中から、※[#「口+桑」、42−13]子大《そうしだい》などと云う声が、かかり始める。すると、李小二も、いよいよ、あぶらがのって、忙《せわ》しく鼓板を叩きながら、巧《たくみ》に一座の鼠を使いわける。そうして「沈黒江《こっこうにしずむ》明妃《みんぴ》青塚恨《せいちょうのうらみ》、耐幽夢《ゆうむにたう》孤雁《こがん》漢宮秋《かんきゅうのあき》」とか何とか、題目正名《だいもくせいめい》を唱《とな》う頃になると、屋台の前へ出してある盆の中に、いつの間にか、銅銭の山が出来る。………
 が、こう云う商売をして、口を糊《のり》してゆくのは、決して容易なものではない。第一、十日と天気が悪いと口が干上ってしまう。夏は、麦が熟す時分から、例の雨期へはいるので、小さな衣裳や仮面《めん》にも、知らないうちに黴《かび》がはえる。冬もまた、風が吹くやら、雪がふるやらするので、とかく、商売がすたり易い。そう云う時には、ほかに仕方もないから、うす暗い客舎《はたご》の片すみで、鼠を相手に退屈
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