暗いな。
Bの声 もう少しで君のマントルの裾をふむ所だった。
Aの声 ふきあげの音がしているぜ。
Bの声 うん。もう露台の下へ来たのだよ。
×
[#ここから2字下げ]
女が大勢裸ですわったり、立ったり、ねころんだりしている。薄明り。
[#ここで字下げ終わり]
――まだ今夜は来ないのね。
――もう月もかくれてしまったわ。
――早く来ればいいのにさ。
――もう声がきこえてもいい時分だわね。
――声ばかりなのがもの足りなかった。
――ええ、それでも肌ざわりはするわ。
――はじめは怖《こわ》かったわね。
――私《あたし》なんか一晩中ふるえていたわ。
――私もよ。
――そうすると「おふるえでない」って云うのでしょう。
――ええ、ええ。
――なお怖かったわ。
――あの方《かた》のお産はすんで?
――とうにすんだわ。
――うれしがっていらっしゃるでしょうね。
――可哀いいお子さんよ。
――私も母親になりたいわ。
――おおいやだ、私はちっともそんな気はしないわ。
――そう?
――ええ、いやじゃありませんか。私はただ男に可哀がられるのが好き。
前へ
次へ
全10ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング