Bそれは彼にはどうすることも出来ない運命に近いものだつたであらう。彼はそこでも天才だつたと共にやはり畢《つひ》に「人の子」だつた。のみならずこの事実は数世紀を重ねた「メシア」と云ふ言葉のクリストを支配してゐたことを教へてゐる。樹の枝を敷いた道の上に「ホザナよ、ホザナよ」の声に打たれながら、驢馬を走らせて行つたクリストは彼自身だつたと共にあらゆるイスラエルの予言者たちだつた。彼の後に生まれたクリストの一人は遠いロオマの道の上に再生したクリストに「どこへ行く?」と詰《なじ》られたことを伝へてゐる。クリストも亦イエルサレムへ行かなかつたとすれば、やはり誰か予言者たちの一人に「どこへ行く?」と詰られたことであらう。

     28[#「28」は縦中横] イエルサレム

 クリストはイエルサレムへはひつた後、彼の最後の戦ひをした。それは水々しさを欠いてゐたものの、何か烈しさに満ちたものである。彼は道ばたの無花果《いちじゆく》を呪つた。しかもそれは無花果の彼の予期を裏切つて一つも実をつけてゐない為だつた。あらゆるものを慈《いつくし》んだ彼もここでは半ばヒステリツクに彼の破壊力を揮《ふる》つてゐる
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