ら》はれてゐる。が、クリストは奇蹟を行ふ度に必ず責任を回避してゐた。
「お前の信仰はお前を瘉《いや》した。」
 しかしそれは同時に又科学的真理にも違ひなかつた。クリストは又或時はやむを得ず奇蹟を行つた為に、――或|長病《ながわづらひ》に苦しんだ女の彼の衣《ころも》にさはつた為に彼の力の脱けるのを感じた。彼の奇蹟を行ふことにいつも多少ためらつたのはかう云ふ実感にも明らかである。クリストは、後代のクリスト教徒は勿論、彼の十二人の弟子たちよりもはるかに鋭い理智主義者だつた。

     17[#「17」は縦中横] 背徳者

 クリストの母、美しいマリアはクリストには必しも母ではなかつた。彼の最も愛したものは彼の道に従ふものだつた。クリストは又情熱に燃え立つたまま、大勢の人々の集つた前に大胆《だいたん》にもかう云ふ彼の気もちを言ひ放すことさへ憚《はばか》らなかつた。マリアは定めし戸の外に彼の言葉を聞きながら、悄然と立つてゐたことであらう。我々は我々自身の中にマリアの苦しみを感じてゐる。たとひ我々自身の中にクリストの情熱を感じてゐるとしても、――しかしクリスト自身も亦時々はマリアを憐んだであら
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