、凍りかかった雨の音が、騒々しい車輪の音に単調な響を交している。
本間さんは、一週間ばかり前から春期休暇を利用して、維新前後の史料を研究かたがた、独りで京都へ遊びに来た。が、来て見ると、調べたい事もふえて来れば、行って見たい所もいろいろある。そこで何かと忙《せわ》しい思をしている中に、いつか休暇も残少《のこりすく》なになった。新学期の講義の始まるのにも、もうあまり時間はない。そう思うと、いくら都踊りや保津川下《ほつがわくだ》りに未練があっても、便々と東山《ひがしやま》を眺めて、日を暮しているのは、気が咎《とが》める。本間さんはとうとう思い切って、雨が降るのに荷拵《にごしら》えが出来ると、俵屋《たわらや》の玄関から俥《くるま》を駆って、制服制帽の甲斐甲斐しい姿を、七条の停車場へ運ばせる事にした。
ところが乗って見ると、二等列車の中は身動きも出来ないほどこんでいる。ボオイが心配してくれたので、やっと腰を下す空地《くうち》が見つかったが、それではどうも眠れそうもない。そうかと云って寝台は、勿論皆売切れている。本間さんはしばらく、腰の広さ十|囲《い》に余る酒臭い陸軍将校と、眠りながら歯ぎし
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