う知られている事かも知れない。
本間さんはこの話をした時に、「真偽の判断は聞く人の自由です」と云った。本間さんさえ主張しないものを、僕は勿論主張する必要がない。まして読者はただ、古い新聞の記事を読むように、漫然と行《ぎょう》を追って、読み下してさえくれれば、よいのである。
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かれこれ七八年も前にもなろうか。丁度三月の下旬で、もうそろそろ清水《きよみず》の一重桜《ひとえざくら》が咲きそうな――と云っても、まだ霙《みぞれ》まじりの雨がふる、ある寒さのきびしい夜の事である。当時大学の学生だった本間さんは、午後九時何分かに京都を発した急行の上り列車の食堂で、白葡萄酒《しろぶどうしゅ》のコップを前にしながら、ぼんやりM・C・Cの煙をふかしていた。さっき米原《まいばら》を通り越したから、もう岐阜県の境《さかい》に近づいているのに相違ない。硝子《ガラス》窓から外を見ると、どこも一面にまっ暗である。時々小さい火の光りが流れるように通りすぎるが、それも遠くの家の明りだか、汽車の煙突から出る火花だか判然しない。その中でただ、窓をたたく
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