影をふるわせている。

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 それから十分ばかりたった後《あと》の事である。白葡萄酒のコップとウイスキイのコップとは、再び無愛想なウェエタアの手で、琥珀色《こはくいろ》の液体がその中に充《みた》された。いや、そればかりではない。二つのコップを囲んでは、鼻眼鏡をかけた老紳士と、大学の制服を着た本間《ほんま》さんとが、また前のように腰を下している。その一つ向うのテエブルには、さっき二人と入れちがいにはいって来た、着流しの肥った男と、芸者らしい女とが、これは海老《えび》のフライか何かを突《つっ》ついてでもいるらしい。滑《なめら》かな上方弁《かみがたべん》の会話が、纏綿《てんめん》として進行する間に、かちゃかちゃ云うフォオクの音が、しきりなく耳にはいって来た。
 が、幸い本間さんには、少しもそれが気にならない。何故かと云うと、本間さんの頭には、今見て来た驚くべき光景が、一ぱいになって拡がっている。一等室の鶯茶《うぐいすちゃ》がかった腰掛と、同じ色の窓帷《カアテン》と、そうしてその間に居睡《いねむ》りをしている、山のような白頭の肥大
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