それから又夏目先生の話に子規《しき》は先生の俳句や漢詩にいつも批評を加へたさうです。先生は勿論《もちろん》子規の自負心《じふしん》を多少|業腹《ごふはら》に思つたのでせう。或時英文を作つて見せると――子規はどうしたと思ひますか? 恬然《てんぜん》とその上にかう書いたさうです。――ヴエリイ・グツド!
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これは大塚先生の話です。先生は帰朝後西洋服と日本服との美醜を比較した講演か何かしたさうです。すると直接先生から聞いたかそれとも講演の筆記を読んだか、兎《と》に角《かく》その説を知つた子規は大塚先生にかう云つたさうです。――
「君は人間の立つてゐる時の服装の美醜ばかり論じてゐる。坐つてゐる時の服装の美醜も并《あは》せて考へて見なければいかん。」わたしのこの話を聞いたのは大塚先生の美学の講義に出席してゐた時のことですが、先生はにやにや笑ひながら「それも後《のち》に考へて見ると、子規はあの通り寝てゐたですから、坐つた人間ばかり見てゐたのでせうし、わたしは又外国にゐたのですから、坐らない人間ばかり見てゐましたし」と御尤《ごもつと》もな註釈をもつけ加へたものです。
ではこれで御
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