「とても」
「とても安い」とか「とても寒い」と云ふ「とても」の東京の言葉になり出したのは数年以前のことである。勿論「とても」と云ふ言葉は東京にも全然なかつた訣《わけ》ではない。が従来の用法は「とてもかなはない」とか「とても纏《まと》まらない」とか云ふやうに必ず否定を伴つてゐる。
肯定に伴ふ新流行の「とても」は三河《みかは》の国あたりの方言であらう。現に三河の国の人のこの「とても」を用ゐた例は元禄《げんろく》四年に上梓《じやうし》された「猿蓑《さるみの》」の中に残つてゐる。
[#天から2字下げ]秋風《あきかぜ》やとても芒《すすき》はうごくはず 三河《みかは》、子尹《しゐん》
すると「とても」は三河の国から江戸へ移住する間《あひだ》に二百年余りかかつた訳である。「とても手間取つた」と云ふ外はない。
二十四 猫
これは「言海《げんかい》」の猫の説明である。
「ねこ、(中略)人家《ジンカ》ニ畜《カ》フ小《チヒ》サキ獣《ケモノ》。人《ヒト》ノ知《シ》ル所《トコロ》ナリ。温柔《ヲンジウ》ニシテ馴《ナ》レ易《ヤス》ク、又《マタ》能《ヨ》ク鼠《ネズミ》ヲ捕《トラ》フレバ畜《カ》フ
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