りかな」とは名高い蕪村《ぶそん》の相撲の句である。この「負けまじき」の解釈には思ひの外《ほか》異説もあるらしい。「蕪村句集講義」によれば虚子《きよし》、碧梧桐《へきごどう》両氏、近頃は又|木村架空《きむらかくう》氏も「負けまじき」を未来の意味としてゐる。「明日《あす》の相撲は負けてはならぬ。その負けてはならぬ相撲を寝ものがたりに話してゐる。」――と云ふやうに解釈するのである。僕はずつと以前から過去の意味にばかり解釈してゐた。今もやはり過去の意味に解釈してゐる。「今日《けふ》は負けてはならぬ相撲を負けた。それをしみじみ寝ものがたりにしてゐる。」――と云ふやうに解釈するものである。もし将来の意味だつたとすれば、蕪村は必ず「負けまじき」と調子を張つた上五《かみご》の下へ「寝ものがたりかな」と調子の延びた止《と》めを持つて来はしなかつたであらう。これは文法の問題ではない。唯「負けまじき」をどう感ずるかと云ふ芸術的|触角《しよくかく》の問題である。尤《もつと》も「蕪村句集講義」の中でも、子規居士《しきこじ》と内藤鳴雪《ないとうめいせつ》氏とはやはり過去の意味に解釈してゐる。

     二十三 
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