》へ渡る途中、筑後丸《ちくごまる》の船長と話をした。政友会《せいいうくわい》の横暴とか、ロイド・ジヨオジの「正義」とかそんなことばかり話したのである。その内に船長は僕の名刺を見ながら、感心したやうに小首を傾けた。
「アクタ川と云ふのは珍らしいですね。ははあ、大阪毎日新聞社、――やはり御専門は政治経済ですか?」
僕は好《い》い加減に返事をした。
僕等は又|少時《しばらく》の後《のち》、ボルシエヴイズムか何かの話をし出した。僕は丁度《ちやうど》その月の中央公論に載つてゐた誰かの論文を引用した。が、生憎《あいにく》船長は中央公論の読者ではなかつた。
「どうも中央公論も好《い》いですが、――」
船長は苦《にが》にがしさうに話しつづけた。
「小説を余り載せるものですから、つい買ひ渋《しぶ》つてしまふのです。あれだけはやめる訣《わけ》に行《い》かないものでせうか?」
僕は出来るだけ情けない顔をした。
「さうです。小説には困りますね。あれさへなければと思ふのですが。」
爾来《じらい》僕は船長に格別の信用を博したやうである。
二十二 相撲
「負けまじき相撲《すまふ》を寝ものがた
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