古道具屋の店に、たつた一幅売り残された、九霞山樵《きうかさんせう》の水墨山水――僕は時時退屈すると弥勒《みろく》の出世でも待つもののやうに、こんな空想にさへ耽《ふけ》る事がある。

     二 にきび

 昔「羅生門《らしやうもん》」と云ふ小説を書いた時、主人公の下人《げにん》の頬《ほほ》には、大きい面皰《にきび》のある由を書いた。当時は王朝時代の人間にも、面皰のない事はあるまいと云ふ、謙遜《けんそん》すれば当推量《あてずゐりやう》に拠つたのであるが、その後《ご》左経記《さけいき》に二君[#「二君」に傍点]とあり、二君[#「二君」に傍点]又は二禁[#「二禁」に傍点]なるものは今日の面皰である事を知つた。二君[#「二君」に傍点]等は勿論当て字である。尤《もつと》もかう云ふ発見は、僕自身に興味がある程、傍人《ばうじん》には面白くも何《なん》ともあるまい。

     三 将軍

 官憲《くわんけん》は僕の「将軍《しやうぐん》」と云ふ小説に、何行《なんぎやう》も抹殺を施《ほどこ》した。処が今日《けふ》の新聞を見ると生活に窮した廃兵たちは、「隊長殿にだまされた閣下連の踏台《ふみだい》」とか、
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