となれば、どう云ふ活計を始めるかも知れぬ。その時はおのづからその時である。しかし今は貧乏なりに兎《と》に角《かく》露命を繋《つな》いでゐる。且又体は多病にもせよ、精神状態はまづノルマアルである。マゾヒスムスなどの徴候は見えない。誰が御苦労にも恥ぢ入りたいことを告白小説などに作るものか。

     十七 チヤプリン

 社会主義者と名のついたものはボルシエヴイツキたると然らざるとを問はず、悉く危険視されるやうである。殊にこの間の大《だい》地震の時にはいろいろその為に祟《たた》られたらしい。しかし社会主義者と云へば、あのチヤアリイ・チヤプリンもやはり社会主義者の一人《ひとり》である。もし社会主義者を迫害するとすれば、チヤプリンも亦《また》迫害しなければなるまい。試みに某憲兵大尉の為にチヤプリンが殺されたことを想像して見給へ。家鴨《あひる》歩きをしてゐるうちに突き殺されたことを想像して見給へ。苟《いやし》くも一たびフイルムの上に彼の姿を眺めたものは義憤を発せずにはゐられないであらう。この義憤を現実に移しさへすれば、――兎《と》に角《かく》諸君もブラツク・リストの一人《ひとり》になることだけ
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