標文字なのかも知れない。或は又平仮名に慣《な》れてゐる僕も片仮名には感じが鈍《にぶ》いのかも知れない。

     十四 希臘末期の人

 この頃エジプトの砂の中から、ヘラクレニウムの熔岩の中から、希臘《ギリシヤ》人の書いたものが発見される。時代は 350 B.C. から 150 B.C. 位のものらしい。つまりアテネ時代からロオマ時代へ移らうとする中間の時代のものである。種類は論文、詩、喜劇、演説の草稿、手紙――まだ外《ほか》にもあるかも知れない。作者は従来書いたものの少しは知られてゐた人もある。名前だけやつと伝つてゐた人もある。勿論《もちろん》全然名前さへ伝はつてゐなかつた人もある。
 しかしそれは兎《と》も角《かく》も、さういふ断簡零墨《だんかんれいぼく》を近代語に訳したものを見ると、どれもこれも我我にはお馴染《なじ》みの思想ばかりである。たとへば Polystratus と云ふエピクロス派の哲学者は「あらゆる虚偽と心労とを脱し、人生を自由ならしむる為には万物生成の大法を知らなければならぬ」と論じてゐる。さうかと思へば Cercidas と云ふ所謂《いはゆる》犬儒派《けんじゆは》
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