もこの点では、菊池氏の俊寛の蹤《あと》を追ふものである。唯菊池氏の俊寛は、寧《むし》ろ外部の生活に安住の因を見出してゐるが、僕のは必《かならず》しもそればかりではない。
 しかし謡《うたひ》や浄瑠璃《じやうるり》にある通り、不毛の孤島に取り残された儘、しかもなほ悠悠たる、偉い俊寛を考へられぬではない。唯この巨鱗《きよりん》を捉《とら》へる事は、現在の僕には出来ぬのである。
 附記 盛衰記に現れた俊寛は、機智に富んだ思想家であり、鶴《つる》の前《まへ》を愛する色好《いろごの》みである。僕は特にこの点では、盛衰記の記事に忠実だつた。又俊寛の歌なるものは、康頼《やすより》や成経《なりつね》より拙《つたな》いやうである。俊寛は議論には長じてゐても、詩人肌ではなかつたらしい。僕はこの点でも、盛衰記に忠実な態度を改めなかつた。又盛衰記の鬼界が島は、たとひタイテイではないにしても、満更《まんざら》岩ばかりでもなささうである。もしあの盛衰記の島の記事から、辺土《へんど》に対する都会人の恐怖や嫌悪《けんを》を除き去れば、存外《ぞんぐわい》古風土記《こふうどき》にありさうな、愛すべき島になるかも知れない。
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