ても、其処は子供でございますから、一時間たつかたたない中に、何時かうとうと眠つてしまひました。
それからどの位たちましたか、ふと眠りがさめて見ますと、薄暗い行燈《あんどう》をともした土蔵に誰か人の起きてゐるらしい物音が聞えるのでございます。鼠かしら、泥坊かしら、又はもう夜明けになつたのかしら?――わたしはどちらかと迷ひながら、怯《お》づ怯づ細眼を明いて見ました。するとわたしの枕もとには、寝間着の儘の父が一人、こちらへ横顔を向けながら、坐つてゐるのでございます。父が!……しかしわたしを驚かせたのは父ばかりではございません。父の前にはわたしの雛が、――お節句以来見なかつた雛が並べ立ててあるのでございます。
夢かと思ふと申すのはああ云ふ時でございませう。わたしは殆ど息もつかずに、この不思議を見守りました。覚束《おぼつか》ない行燈の光の中に、象牙の笏《しやく》をかまへた男雛《をびな》を、冠の瓔珞《やうらく》を垂れた女雛《めびな》を、右近の橘《たちばな》を、左近の桜を、柄《え》の長い日傘を担《かつ》いだ仕丁《しちやう》を、眼八分に高坏《たかつき》を捧げた官女を、小さい蒔絵《まきゑ》の鏡台や箪
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