階の部屋をまわった平塚君の話では、五年の甲組の教室に狂女がいて、じっとバケツの水を見つめていたそうだ。あの雨じみのある鼠色の壁によりかかって、結び髪の女が、すりきれた毛繻子《けじゅす》の帯の間に手を入れながら、うつむいてバケツの水を見ている姿を想像したら、やはり小説めいた感じがした。
猿股を配ってしまった時、前田侯から大きな梅鉢《うめばち》の紋のある長持へ入れた寄付品がたくさん来た。落雁《らくがん》かと思ったら、シャツと腹巻なのだそうである。前田侯だけに、やることが大きいなあと思う。
罹災民諸君が何日ぶりかで、諸君の家へ帰られる日の午前に、僕たちは、僕たちの集めた義捐金の残額を投じて、諸君のために福引を行うことにした。
景品はその前夜に註文《ちゅうもん》した。当日の朝、僕が学校の事務室へ行った時には、もう僕たちの連中が、大ぜい集って、盛んに籤《くじ》をこしらえていた。うまく紙撚《こより》をよれる人が少いので、広瀬先生や正木先生が、手伝ってくださる。僕たちの中では、砂岡君がうまく撚《よ》る。僕は「へえ、器用だね」と、感心して見ていた。もちろん僕には撚れない。
事務室の中には、い
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