い反響を生じた。彼はその反響に恐れたのか、やはり何も言わずに歩きつづけた。広子はこう言う彼の苦痛に多少の憐憫《れんびん》を感じていた。けれどもまた何《なん》の矛盾《むじゅん》もなしに多少の享楽をも感じていた。もっとも守衛《しゅえい》や観覧人に時々|一瞥《いちべつ》を与えられるのは勿論彼女にも不快だった。しかし彼等も年齢の上から、――と言うよりもさらに服装の上から決して二人の関係を誤解しないには違いなかった。彼女はその気安さの上から不安らしい篤介を見下《みおろ》していた。彼はあるいは彼女には敵であるかも知れなかった。が、敵であるにもしろ、世慣《よな》れぬ妹と五十歩百歩の敵であることは確かだった。……
「伺いたいと申しますのは大したことではないんでございますけれどもね、――」
彼女は第二室を出ようとした時、ことさら彼へ目をやらずにやっと本文《ほんもん》へはいり出した。
「あれにも母親が一人《ひとり》ございますし、あなたもまた、――あなたは御両親ともおありなんでございますか?」
「いいえ、親父《おやじ》だけです。」
「お父様《とうさま》だけ。御兄弟は確かございませんでしたね?」
「ええ、僕
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