きの底に多少の遊戯心《ゆうぎしん》を意識していた。数年前の彼女だったとすれば、それはあるいは後《うしろ》めたい意識だったかも知れなかった。が、今は後めたいよりもむしろ誇らしいくらいだった。彼女はいつか肥《ふと》り出した彼女の肉体を感じながら、明るい廊下の突き当りにある螺旋状《らせんじょう》の階段を登って行った。
 螺旋状の階段を登りつめた所は昼も薄暗い第一室だった。彼女はその薄暗い中に青貝《あおがい》を鏤《ちりば》めた古代の楽器《がっき》や古代の屏風《びょうぶ》を発見した。が、肝腎《かんじん》の篤介《あつすけ》の姿は生憎《あいにく》この部屋には見当らなかった。広子はちょっと陳列棚の硝子《ガラス》に彼女の髪形《かみかたち》を映して見た後《のち》、やはり格別急ぎもせずに隣《となり》の第二室へ足を向けた。
 第二室は天井《てんじょう》から明りを取った、横よりも竪《たて》の長い部屋だった。そのまた長い部屋の両側を硝子《ガラス》越しに埋《うず》めているのは藤原《ふじわら》とか鎌倉《かまくら》とか言うらしい、もの寂《さ》びた仏画ばかりだった。篤介は今日《きょう》も制服の上に狐色《きつねいろ》になっ
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