て》表慶館《ひょうけいかん》へ画を見に行《ゆ》くことになっているの。その時刻に姉さんも表慶館へ行って大村に会っちゃ下さらない?」
「そうねえ、わたしも明後日ならば、ちょうどお墓参りをする次手《ついで》もあるし。……」
広子はうっかりこう言った後《のち》、たちまち軽率《けいそつ》を後悔した。けれども辰子はその時にはもう別人《べつじん》かと思うくらい、顔中に喜びを漲《みなぎ》らせていた。
「そうお? じゃそうして頂戴《ちょうだい》。大村へはわたしから電話をかけて置くわ。」
広子は妹の顔を見るなり、いつか完全に妹の意志の凱歌《がいか》を挙げていたことを発見した。この発見は彼女の義務心よりも彼女の自尊心にこたえるものだった。彼女は最後にもう一度妹の喜びに乗じながら、彼等の秘密へ切りこもうとした。が、辰子はその途端《とたん》に、――姉の唇《くちびる》の動こうとした途端に突然体を伸べるが早いか、白粉《おしろい》を刷《は》いた広子の頬《ほお》へ音の高いキスを贈った。広子は妹のキスを受けた記憶をほとんど持ち合せていなかった。もし一度でもあったとすれば、それはまだ辰子の幼稚園《ようちえん》へ通ってい
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