んである。しかもそれはNさんには勿論《もちろん》、女隠居にも意外だったらしい、妙に険《けん》のある言葉だった。
「お母様《かあさま》、少し静かにして頂戴《ちょうだい》。」
 Nさんはこう云う雪さんの言葉に軽い反感――と云うよりもむしろ侮蔑《ぶべつ》を感じながら、その機会に茶の間《ま》を立って行った。が、清太郎に似た不良少年の顔は未《いま》だに目の前に残っている。いや、不良少年の顔ではない。ただどこか輪郭《りんかく》のぼやけた清太郎自身の顔である。
 五分ばかりたった後《のち》、Nさんはまた濡《ぬ》れ縁《えん》をまわり、離れへ氷嚢《ひょうのう》を運んで行った。清太郎はそこにいないかも知れない、少くとも死んでいるのではないか?――そんな気もNさんにはしないではなかった。が、離れへ行って見ると、清太郎は薄暗い電燈の下《した》に静かにひとり眠っている。顔もまた不相変《あいかわらず》透きとおるように白い。ちょうど庭に一ぱいに伸びた木賊《とくさ》の影の映《うつ》っているように。
「氷嚢をお取り換え致しましょう。」
 Nさんはこう言いかけながら、後ろが気になってならなかった。

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