家には男主人はいない。切《き》り髪《がみ》にした女隠居《おんないんきょ》が一人、嫁入《よめい》り前《まえ》の娘が一人、そのまた娘の弟が一人、――あとは女中のいるばかりである。Nさんはこの家《うち》へ行った時、何か妙に気の滅入《めい》るのを感じた。それは一つには姉も弟も肺結核《はいけっかく》に罹《かか》っていたためであろう。けれどもまた一つには四畳半の離れの抱えこんだ、飛び石一つ打ってない庭に木賊《とくさ》ばかり茂っていたためである。実際その夥《おびただ》しい木賊はNさんの言葉に従えば、「胡麻竹《ごまだけ》を打った濡《ぬ》れ縁さえ突き上げるように」茂っていた。
女隠居は娘を雪《ゆき》さんと呼び、息子《むすこ》だけは清太郎《せいたろう》と呼び捨てにしていた。雪さんは気の勝った女だったと見え、熱の高低を計《はか》るのにさえ、Nさんの見たのでは承知せずに一々検温器を透《す》かして見たそうである。清太郎は雪さんとは反対にNさんに世話を焼かせたことはない。何《なん》でも言うなりになるばかりか、Nさんにものを言う時には顔を赤めたりするくらいである。女隠居はこう云う清太郎よりも雪さんを大事にしていた
前へ
次へ
全7ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング