のを眺めてゐた。それは季節を破壊する電燈の光の下だつたにもせよ、実際春の夜《よ》に違ひなかつた。少女は僕に後ろを向け、電車のステツプに足をかけようとした。僕は巻煙草を銜《くは》へたまま、ふとこの少女の耳の根に垢《あか》の残つてゐるのを発見した。その又垢は垢と云ふよりも「よごれ」と云ふのに近いものだつた。僕は電車の走つて行つた後《のち》もこの耳の根に残つた垢に何か暖さを感じてゐた。
四
或春の夜《よ》、僕は路ばたに立ち止つた馬車の側を通りかかつた。馬はほつそりした白馬《しろうま》だつた。僕はそこを通りながら、ちよつとこの馬の頸すぢに手を触れて見たい誘惑を感じた。
五
これも或春の夜のことである。僕は往来《わうらい》を歩きながら、鮫《さめ》の卵を食ひたいと思ひ出した。
六
春の夜の空想。――いつかカツフエ・プランタンの窓は広い牧場《ぼくぢやう》に開いてゐる。その又牧場のまん中には丸焼きにした※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]が一羽、首を垂れて何か考へてゐる。……
七
春の夜の言葉。――「やすちやんが青いうんこ[#「うん
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