かれたのに相違ない。その嗔恚の源《みなもと》はと云えば、やはり増長慢《ぞうじょうまん》のなせる業《わざ》じゃ。平家《へいけ》は高平太《たかへいだ》以下皆悪人、こちらは大納言《だいなごん》以下皆善人、――康頼はこう思うている。そのうぬ惚《ぼ》れがためにならぬ。またさっきも云うた通り、我々凡夫は誰も彼も、皆高平太と同様なのじゃ。が、康頼の腹を立てるのが好《よ》いか、少将のため息をするのが好いか、どちらが好いかはおれにもわからぬ。」
「成経《なりつね》様御一人だけは、御妻子もあったそうですから、御|紛《まぎ》れになる事もありましたろうに。」
「ところが始終蒼い顔をしては、つまらぬ愚痴《ぐち》ばかりこぼしていた。たとえば谷間の椿を見ると、この島には桜も咲かないと云う。火山の頂の煙を見ると、この島には青い山もないと云う。何でもそこにある物は云わずに、ない物だけ並べ立てているのじゃ。一度なぞはおれと一しょに、磯山《いそやま》へ※[#「蠧」の「虫」二つに代えて「木」、第4水準2−15−30]吾《つわ》を摘《つ》みに行ったら、ああ、わたしはどうすれば好《よ》いのか、ここには加茂川《かもがわ》の流れもな
前へ 次へ
全44ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング