所は人気《ひとけ》のない海べ、――ただ灰色の浪《なみ》ばかりが、砂の上に寄せては倒れる、いかにも寂しい海べだったのです。
俊寛様のその時の御姿は、――そうです。世間に伝わっているのは、「童《わらわ》かとすれば年老いてその貌《かお》にあらず、法師かと思えばまた髪は空《そら》ざまに生《お》い上《あが》りて白髪《はくはつ》多し。よろずの塵《ちり》や藻屑《もくず》のつきたれども打ち払わず。頸《くび》細くして腹大きに脹《は》れ、色黒うして足手細し。人にして人に非ず。」と云うのですが、これも大抵《たいてい》は作り事です。殊に頸《くび》が細かったの、腹が脹《は》れていたのと云うのは、地獄変《じごくへん》の画《え》からでも思いついたのでしょう。つまり鬼界が島と云う所から、餓鬼《がき》の形容を使ったのです。なるほどその時の俊寛様は、髪も延びて御出《おい》でになれば、色も日に焼けていらっしゃいましたが、そのほかは昔に変らない、――いや、変らないどころではありません。昔よりも一層《いっそう》丈夫そうな、頼もしい御姿《おすがた》だったのです。それが静かな潮風《しおかぜ》に、法衣《ころも》の裾を吹かせながら、
前へ
次へ
全44ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング