俊寛
芥川龍之介
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)俊寛《しゅんかん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)おれたちは皆|都人《みやこびと》じゃ
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「蠧」の「虫」二つに代えて「木」、第4水準2−15−30]
−−
[#ここから3字下げ]
俊寛《しゅんかん》云いけるは……神明《しんめい》外《ほか》になし。唯《ただ》我等が一念なり。……唯仏法を修行《しゅぎょう》して、今度《こんど》生死《しょうし》を出で給うべし。源平盛衰記《げんぺいせいすいき》
(俊寛)いとど思いの深くなれば、かくぞ思いつづけける。「見せばやな我を思わぬ友もがな磯のとまやの柴《しば》の庵《いおり》を。」同上
[#ここで字下げ終わり]
一
俊寛様の話ですか? 俊寛様の話くらい、世間に間違って伝えられた事は、まずほかにはありますまい。いや、俊寛様の話ばかりではありません。このわたし、――有王《ありおう》自身の事さえ、飛《とん》でもない嘘が伝わっているのです。現についこの間も、ある琵琶法師《びわほうし》が語ったのを聞けば、俊寛様は御歎きの余り、岩に頭を打ちつけて、狂《くる》い死《じに》をなすってしまうし、わたしはその御死骸《おなきがら》を肩に、身を投げて死んでしまったなどと、云っているではありませんか? またもう一人の琵琶法師は、俊寛様はあの島の女と、夫婦の談《かた》らいをなすった上、子供も大勢御出来になり、都にいらしった時よりも、楽しい生涯《しょうがい》を御送りになったとか、まことしやかに語っていました。前の琵琶法師の語った事が、跡方《あとかた》もない嘘だと云う事は、この有王が生きているのでも、おわかりになるかと思いますが、後の琵琶法師の語った事も、やはり好《い》い加減の出たらめなのです。
一体琵琶法師などと云うものは、どれもこれも我《われ》は顔《がお》に、嘘ばかりついているものなのです。が、その嘘のうまい事は、わたしでも褒《ほ》めずにはいられません。わたしはあの笹葺《ささぶき》の小屋に、俊寛様が子供たちと、御戯《おたわむ》れになる所を聞けば、思わず微笑を浮べましたし、またあの浪音の高い月夜に、
次へ
全22ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング