毒になって見ても、可笑《おか》しいものは可笑しいではないか? そこでおれは笑いながら、言葉だけは真面目《まじめ》に慰めようとした。おれが少将に怒られたのは、跡にも先にもあの時だけじゃ。少将はおれが慰めてやると、急に恐しい顔をしながら、嘘をおつきなさい。わたしはあなたに慰められるよりも、笑われる方が本望ですと云うた。その途端《とたん》に、――妙ではないか? とうとうおれは吹き出してしもうた。」
「少将はどうなさいました?」
「四五日の間はおれに遇《お》うても、挨拶《あいさつ》さえ碌《ろく》にしなかった。が、その後《のち》また遇うたら、悲しそうに首を振っては、ああ、都へ返りたい、ここには牛車《ぎっしゃ》も通らないと云うた。あの男こそおれより仕合せものじゃ。――が、少将や康頼《やすより》でも、やはり居らぬよりは、いた方が好《よ》い。二人に都へ帰られた当座、おれはまた二年ぶりに、毎日寂しゅうてならなかった。」
「都の噂《うわさ》では御寂しいどころか、御歎き死《じ》にもなさり兼ねない、御容子《ごようす》だったとか申していました。」
 わたしは出来るだけ細々《こまごま》と、その御噂を御話しました。琵琶法師《びわほうし》の語る言葉を借りれば、
「天に仰ぎ地に俯《ふ》し、悲しみ給えどかいぞなき。……猶《なお》も船の纜《ともづな》に取りつき、腰になり脇になり、丈《たけ》の及ぶほどは、引かれておわしけるが、丈も及ばぬほどにもなりしかば、また空《むな》しき渚《なぎさ》に泳ぎ返り、……是具《これぐ》して行けや、我《われ》乗せて行けやとて、おめき叫び給えども、漕《こ》ぎ行く船のならいにて、跡は白浪《しらなみ》ばかりなり。」と云う、御狂乱《ごきょうらん》の一段を御話したのです。俊寛様は御珍しそうに、その話を聞いていらっしゃいましたが、まだ船の見える間《あいだ》は、手招《てまね》ぎをなすっていらしったと云う、今では名高い御話をすると、
「それは満更《まんざら》嘘ではない。何度もおれは手招《てまね》ぎをした。」と、素直《すなお》に御頷《おうなず》きなさいました。
「では都の噂通り、あの松浦《まつら》の佐用姫《さよひめ》のように、御別れを御惜しみなすったのですか?」
「二年の間同じ島に、話し合うた友だちと別れるのじゃ。別れを惜しむのは当然ではないか? しかし何度も手招ぎをしたのは、別れを惜しんだばか
前へ 次へ
全22ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング