こう言いながら、かつて見た沙磧図《させきず》や富春巻《ふうしゅんかん》が、髣髴《ほうふつ》と眼底に浮ぶような気がした。
「さあ、それが見たと言って好《い》いか、見ないと言って好いか、不思議なことになっているのですが、――」
「見たと言って好いか、見ないと言って好いか、――」
※[#「りっしんべん+軍」、第4水準2−12−56]南田は訝《いぶか》しそうに、王石谷の顔へ眼《め》をやった。
「模本《もほん》でもご覧になったのですか?」
「いや、模本を見たのでもないのです。とにかく真蹟《しんせき》は見たのですが、――それも私《わたし》ばかりではありません。この秋山図のことについては、煙客先生《えんかくせんせい》(王時敏《おうじびん》)や廉州先生《れんしゅうせんせい》(王鑑《おうかん》)も、それぞれ因縁《いんねん》がおありなのです」
王石谷はまた茶を啜った後《のち》、考深《かんがえぶか》そうに微笑した。
「ご退屈でなければ話しましょうか?」
「どうぞ」
※[#「りっしんべん+軍」、第4水準2−12−56]南田は銅檠《どうけい》の火を掻き立ててから、慇懃《いんぎん》に客を促した。
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