も処々に散見する白楊《ポプラア》の立樹は、いかに深くこの幽鬱《ゆううつ》な落葉樹が水郷の土と空気とに親しみを持っているかを語っている。そして最後に建築物に関しても、松江はその窓と壁と露台《バルコン》とをより美しくながめしむべき大いなる天恵――ヴェネティアをしてヴェネティアたらしむる水を有している。
松江はほとんど、海を除いて「あらゆる水」を持っている。椿《つばき》が濃い紅《くれない》の実をつづる下に暗くよどんでいる濠《ほり》の水から、灘門《なだもん》の外に動くともなく動いてゆく柳の葉のように青い川の水になって、なめらかなガラス板のような光沢のある、どことなく LIFELIKE な湖水の水に変わるまで、水は松江を縦横に貫流して、その光と影との限りない調和を示しながら、随所に空と家とその間に飛びかう燕《つばくら》の影とを映して、絶えずものういつぶやきをここに住む人間の耳に伝えつつあるのである。この水を利用して、いわゆる水辺建築を企画するとしたら、おそらくアアサア・シマンズの歌ったように「水に浮ぶ睡蓮《すいれん》の花のような」美しい都市が造られることであろう。水と建築とはこの町に住む人々の
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