々|挿絵《さしえ》を彩《いろど》ることだった。彼はこの「浦島太郎」にも早速彩色を加えることにした。「浦島太郎」は一冊の中《うち》に十《とお》ばかりの挿絵を含んでいる。彼はまず浦島太郎の竜宮《りゅうぐう》を去るの図を彩《いろど》りはじめた。竜宮は緑の屋根瓦に赤い柱のある宮殿である。乙姫《おとひめ》は――彼はちょっと考えた後《のち》、乙姫もやはり衣裳だけは一面に赤い色を塗ることにした。浦島太郎は考えずとも好《い》い、漁夫の着物は濃い藍色《あいいろ》、腰蓑《こしみの》は薄い黄色《きいろ》である。ただ細い釣竿《つりざお》にずっと黄色をなするのは存外《ぞんがい》彼にはむずかしかった。蓑亀《みのがめ》も毛だけを緑に塗るのは中々《なかなか》なまやさしい仕事ではない。最後に海は代赭色である。バケツの錆《さび》に似た代赭色である。――保吉はこう云う色彩の調和に芸術家らしい満足を感じた。殊に乙姫《おとひめ》や浦島太郎《うらしまたろう》の顔へ薄赤い色を加えたのは頗《すこぶ》る生動《せいどう》の趣《おもむき》でも伝えたもののように信じていた。
 保吉は※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》母
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