の穴の中から顔を出した。そう云えば鼻柱の上にも一人、得意そうにパンス・ネエに跨《またが》っている。……
自働車の止まったのは大伝馬町《おおでんまちょう》である。同時に乗客は三四人、一度に自働車を降りはじめた。宣教師はいつか本を膝《ひざ》に、きょろきょろ窓の外を眺めている。すると乗客の降り終るが早いか、十一二の少女が一人、まっ先に自働車へはいって来た。褪紅色《たいこうしょく》の洋服に空色の帽子《ぼうし》を阿弥陀《あみだ》にかぶった、妙に生意気《なまいき》らしい少女である。少女は自働車のまん中にある真鍮《しんちゅう》の柱につかまったまま、両側の席を見まわした。が、生憎《あいにく》どちら側にも空《あ》いている席は一つもない。
「お嬢さん。ここへおかけなさい。」
宣教師は太い腰を起した。言葉はいかにも手に入った、心もち鼻へかかる日本語である。
「ありがとう。」
少女は宣教師と入れ違いに保吉の隣りへ腰をかけた。そのまた「ありがとう」も顔のように小《こ》ましゃくれた抑揚《よくよう》に富んでいる。保吉は思わず顔をしかめた。由来子供は――殊に少女は二千年|前《ぜん》の今月今日、ベツレヘムに生まれ
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