屋の子の小栗《おぐり》はただの工兵《こうへい》、堀川保吉《ほりかわやすきち》は地雷火《じらいか》である。地雷火は悪い役ではない。ただ工兵にさえ出合わなければ、大将をも俘《とりこ》に出来る役である。保吉は勿論《もちろん》得意だった。が、円《まろ》まろと肥《ふと》った小栗は任命の終るか終らないのに、工兵になる不平を訴え出した。
「工兵じゃつまらないなあ。よう、川島さん。あたいも地雷火にしておくれよ、よう。」
「お前はいつだって俘になるじゃないか?」
川島は真顔《まがお》にたしなめた。けれども小栗はまっ赤になりながら、少しも怯《ひる》まずに云い返した。
「嘘をついていらあ。この前に大将を俘《とりこ》にしたのだってあたいじゃないか?」
「そうか? じゃこの次には大尉にしてやる。」
川島はにやりと笑ったと思うと、たちまち小栗を懐柔《かいじゅう》した。保吉は未《いまだ》にこの少年の悪智慧《わるぢえ》の鋭さに驚いている。川島は小学校も終らないうちに、熱病のために死んでしまった。が、万一死なずにいた上、幸いにも教育を受けなかったとすれば、少くとも今は年少気鋭の市会議員か何かになっていたはずである。……
「開戦!」
この時こう云う声を挙げたのは表門《おもてもん》の前に陣取った、やはり四五人の敵軍である。敵軍はきょうも弁護士の子の松本《まつもと》を大将にしているらしい。紺飛白《こんがすり》の胸に赤シャツを出した、髪の毛を分けた松本は開戦の合図《あいず》をするためか、高だかと学校帽をふりまわしている。
「開戦!」
画札《えふだ》を握った保吉は川島の号令のかかると共に、誰よりも先へ吶喊《とっかん》した。同時にまた静かに群がっていた鳩は夥《おびただ》しい羽音《はおと》を立てながら、大まわりに中《なか》ぞらへ舞い上った。それから――それからは未曾有《みぞう》の激戦である。硝煙《しょうえん》は見る見る山をなし、敵の砲弾は雨のように彼等のまわりへ爆発した。しかし味《み》かたは勇敢にじりじり敵陣へ肉薄《にくはく》した。もっとも敵の地雷火《じらいか》は凄《すさ》まじい火柱《ひばしら》をあげるが早いか、味かたの少将を粉微塵《こなみじん》にした。が、敵軍も大佐を失い、その次にはまた保吉の恐れる唯一の工兵を失ってしまった。これを見た味かたは今までよりも一層猛烈に攻撃をつづけた。――と云うのは勿論事実
前へ
次へ
全19ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング