と云う気さえしなかった。罪悪は戦争に比べると、個人の情熱に根ざしているだけ、×××××××出来る点があった。しかし×××××××××××××ほかならなかった。しかも彼は、――いや、彼ばかりでもない。各師団から選抜された、二千人余りの白襷隊《しろだすきたい》は、その大なる×××にも、厭《いや》でも死ななければならないのだった。……
「来た。来た。お前はどこの聯隊《れんたい》だ?」
江木上等兵はあたりを見た。隊はいつか松樹山の麓《ふもと》の、集合地へ着いているのだった。そこにはもうカアキイ服に、古めかしい襷《たすき》をあやどった、各師団の兵が集まっている、――彼に声をかけたのも、そう云う連中の一人だった。その兵は石に腰をかけながら、うっすり流れ出した朝日の光に、片頬の面皰《にきび》をつぶしていた。
「第×聯隊だ。」
「パン聯隊だな。」
江木上等兵は暗い顔をしたまま、何ともその冗談《じょうだん》に答えなかった。
何時間かの後《のち》、この歩兵陣地の上には、もう彼我《ひが》の砲弾が、凄《すさ》まじい唸《うな》りを飛ばせていた。目の前に聳えた松樹山の山腹にも、李家屯《りかとん》の我海軍砲は
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