所を探しに行ってくれた所じゃ。」ちょうど今頃、――もう路ばたに毬栗《いがぐり》などが、転がっている時分だった。
少将は眼を細くしたまま、嬉しそうに独り微笑した。――そこへ色づいた林の中から、勢の好《い》い中学生が、四五人同時に飛び出して来た。彼等は少将に頓着《とんちゃく》せず、将軍夫妻をとり囲《かこ》むと、口々に彼等が夫人のために、見つけて来た場所を報告した。その上それぞれ自分の場所へ、夫人に来て貰うように、無邪気な競争さえ始めるのだった。「じゃあなた方に籤《くじ》を引いて貰おう。」――将軍はこう云ってから、もう一度少将に笑顔《えがお》を見せた。……
「それは罪のない話ですね。だが西洋人には聞かされないな。」
青年も笑わずにはいられなかった。
「まあそんな調子でね、十二三の中学生でも、N閣下と云いさえすれば、叔父《おじ》さんのように懐《なつ》いていたものだ。閣下はお前がたの思うように、決して一介の武弁《ぶべん》じゃない。」
少将は楽しそうに話し終ると、また炉の上のレムブラントを眺めた。
「あれもやはり人格者かい?」
「ええ、偉い画描《えか》きです。」
「N閣下などとはどうだろう?」
青年の顔には当惑の色が浮んだ。
「どうと云っても困りますが、――まあN将軍などよりも、僕等に近い気もちのある人です。」
「閣下のお前がたに遠いと云うのは?」
「何と云えば好《い》いですか?――まあ、こんな点ですね、たとえば今日|追悼会《ついとうかい》のあった、河合《かわい》と云う男などは、やはり自殺しているのです。が、自殺する前に――」
青年は真面目《まじめ》に父の顔を見た。
「写真をとる余裕《よゆう》はなかったようです。」
今度は機嫌の好《い》い少将の眼に、ちらりと当惑の色が浮んだ。
「写真をとっても好《い》いじゃないか? 最後の記念と云う意味もあるし、――」
「誰のためにですか?」
「誰と云う事もないが、――我々始めN閣下の最後の顔は見たいじゃないか?」
「それは少くともN将軍は、考うべき事ではないと思うのです。僕は将軍の自殺した気もちは、幾分かわかるような気がします。しかし写真をとったのはわかりません。まさか死後その写真が、どこの店頭にも飾《かざ》られる事を、――」
少将はほとんど、憤然《ふんぜん》と、青年の言葉を遮《さえぎ》った。
「それは酷《こく》だ。閣下はそんな
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